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◆刊行の辞
古典を読む楽しさには、現代の書物に接する興味とはまた一味違うものがある。現代の書物は、それが虚構の小説でも、我々の日常生活にどこかで直結しやすく、またそれだけに読んで感じるおもしろさや共感・反発する思いも直接的になりやすいが、古典の世界には我々の利害に直接かかわるようなことはほとんど出てこない。それだけ、むしろ純粋に楽しめるのである。
古典に親しむ読書の喜びを、『徒然草』一三段には次のように書いている。
ひとり灯〈ともしび〉のもとに文〈ふみ〉をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなうなぐさむわざなる。
遠く時代の隔たった古典の作品には、現在は使われない古い言葉が多い。しかし、昔の人たちは、よくわからなくても、細かいことなど気にせず、読書百遍、意おのずから通ずと思って、気長に読むことができたのではないだろうか。昔と違って便利になった代わりに、わずかな時間も気にせざるを得なくなった現代人に、そういうまねのできる人は少ない。
『枕草子』や『源氏物語』の書かれた平安時代の世の中は、身分の差の著しい貴族社会であった。当時の作品によく出てくる多様な敬語がそれを反映している。「係り結び」と呼ばれる、現代語にはない、古文特有の文法上のきまりもある。古典の作品を読んで理解しようとすれば、まずそのような古語に関する知識がなにかと必要になる。わかりにくいのは、言葉の意味だけではない。昔は住居の構造も違えば、生活のしかたにもいろいろな違いがあった。物の考え方にしても、時代によってかなり変化していることがある。したがって、よくわかろうとすれば、言葉の意味とは別に、それらの点にも注意しなくてはならない。現代の我々が古典に接して「見ぬ世の人を友とする」には、いろいろと予備知識の必要な場合が多いのである。
高等学校の国語科の授業で、古典の文学作品を学ぶ時間は、種々の事情で限られてきている。しかし、古典の作品を読みたい、楽しみたいという人々の気持ちが少なくなったとは思えない。平安時代の物語を読んで登場人物の心情に共感したり、和歌の贈答に心をひかれたりすることは、現代の若い人たちにも、かえって多くなっているようにさえ思われる。
この古語辞典の編集にあたっては、そのような状況に照らして、初心者が引きやすく、読みやすく、それでいて、古典の本質に触れられるようにと心がけた。古典の文章がより正確に解釈できるよう、特によく用いられる重要語については、その根本の語義や語感がどのようなものか、また実際にはどのように用いられるのか、現代語でいえばどうなるかなどを詳しく、しかも簡潔に説き明かすように努めた。これがこの古語辞典の重要な特色の一つである。
また、古典の文章における文法などの基本的な知識、人物の心情などを表す言葉の時代性、あるいは作品の文脈を理解するのに必要な当時の生活様式や人々の教養、さらには文学史の流れなど、およそ古典の文学作品の理解に必要な事柄については、まずその基礎となる部分をしっかりおさえ、その上で理解を深められるように、解説のしかたやその配列にも工夫を重ねた。特に初心者にとって使いやすく、手ごろで、しかも良質の古語辞典になっているはずだと自負している。
古典を学び、古典に親しむ道案内として、本書を十分に使いこなしていただきたい。
2004年8月
編 者
◆編者紹介
山口堯二
一九三二年生まれ。佛教大学教授・大阪大学名誉教授。博士(文学)。主著に『古代接続法の研究』『日本語疑問表現通史』(以上、明治書院)『日本語接続法史論』『構文史論考』『助動詞史を探る』(以上、和泉書院)などがある。『角川古語大辞典』(角川書店(全五巻))編集委員。
鈴木日出男
一九三八年生まれ。成蹊大学教授・東京大学名誉教授。博士(文学)。主著に『古代和歌史論』『源氏物語虚構論』(以上、東京大学出版会)など、注釈書に『新編日本古典文学全集 源氏物語』(共著・小学館)『新日本古典文学大系 源氏物語』(共著・岩波書店)などがある。
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